California Guitar Trio-Tony Levin Tour Road Diary(日本語版)


April 12 to May 4 , 2000



April 11
April 12
April 13
April 14
April 15
April 16
April 17
April 19
April 21
April 22
April 24
April 25
April 27
April 28
April 29
May 1
May 2
May 4
Milwaukee
Chicago
Detroit
Pittsburgh
Baltimore
Charlotte
Atlanta
Lawrence, KS
Breckenridge
Boulder
Park City, UT
Salt Lake City
Eugene, OR
Portland
Seattle
San Francisco
San Rafael
Los Angeles
Shank Hall
Martyrs
Magic Bag
Frick Fine Arts
Orion Sound
Double Door
Variety Playhouse
Jazzhaus
The Underworld
Boulder Theater
Harry O's
The Sanctuary
WOW Hall
Cobalt
King Kat
Great American Music Hall
New Georges
House of Blues





Day 0 / April 10 / Chicago

今、今回のツアーでの最初の移動中のバンの中で、この日記を(そしてそれを掲載するウェブページのフォームを)書き始めました。
今日の午後、シカゴで合流して、ある友人宅でリハーサル。沢山思い出さなきゃいけない曲があって、さらに(少なくとも僕にとっては)新しく覚える曲もいっぱい。前回のツアーの時より更に沢山のCGTの曲を覚えさせられました。さらに僕らはMahavishnu Orchestraの曲を一曲と、Crimsonの曲も2曲ほど練習しています。
みんな、調子は良さそうです。Hideyoはたばこを止めたし、今回のツアーではいつも彼等が使うのより大きめのバンを調達してくれました。(もちろん、飛行機で移動できた日々のことは忘れてしまわなきゃ。)今度のツアーには僕たち以外にもう一人、Stephen Tilsonが一緒で、彼はグッズの販売と運転を手伝うことになっています。
夕方、ギタリストのRichard Leo Johnsonが合流しました。彼はこのツアーの前半で前座をやることになっています。(そして5月のWaters of Edenツアーでも何回か前座をやる予定です。)
僕たち全員、そして荷物と楽器をバンに詰め込むのはなかなかの大事でした。6人分しか座席がないところに6人全部詰め込んで、どうやってみんな(というか僕が)耐えていけるんだろうか?でもまあ、今夜は苦情は出ませんでした。明日、ツアーの初日をやるミルウォーキーへの短い移動だったから。ホテルに着いた頃には雪が降っていました。
この日記をアップして、それから少し寝なくちゃ・・・

Our hotel


Day 1 April 11 / Milwaukee

今日の記録:午前6時に起床。8時にテレビの生放送。ラジオのインタビューが10時と11時にあって、その後レコード会社と新作発売の打ち合わせ。4時からはもう一つのテレビ出演。5時にサウンドチェックで、6時半から新作発売パーティ(公演会場でやってくれたで助かった!)・・・そしてやっと8時半からコンサート(そうそう、これをやりに来たんだよね!)。ショーの後はお客さんのCDにどっさりサインして、それからようやく外で食事出来た。正直なところ、今ハッキリ言えるのは、こんな風には26日間も続けられない!ってこと。
trio and tony at tv set コンサート自体は最高でした。でもいつものようにツアーの初日に付き物のハプニングもありました。ホントに十分リハーサル出来てないから、次どうなるのかちょっととまどうところがあるのです。(少なくとも僕に関してはエラーも相当あったけど、でもそんなにひどくなかったし、お客さんは最高でした。)CGTは去年の秋に一緒にツアーしたときの公演に、さらに新たな要素を付け加えました。何カ所か各自ソロでやる部分があって(僕は「Waters of Eden」から一曲、テープに合わせて演奏しました。)、さらにアンコールの企画が客席へ降りていって、そこで演奏すると言うものでした(僕はこの時はアコースティックベースを使いました)。彼等の演奏はいつも通り素晴らしいものです。 今日になって新たに発表されたのですが、6月のT-Levツアーで、またこの同じ会場へ6月3日に戻ってくることが決まりました。(Shank Hallって名前なんですが、これってSpinal Tapに出てた名前?)今夜のお客さんは本当に最高でした。また6月も同じように迎えてくれればいいなと思います。

Richard Leo Johnson backstage


Day 2 / April 12 / Chicago

今は午前2時、少しでも休めるようになるべく早く書くようにしなきゃ、明日は6時出発!
Milwaukeeでのひどく疲れる一日の夜遅く、食事に出かけるのを我慢できませんでした。 トリオの一員、Hideoはいつもの食事の写真を撮りませんでした(!)でも、彼の注文を見てとてもびっくりしました。なんと巨大なバナナスプリット! 午前1時にそんなどえらいデザートを頼むような神経を持った大人は見たことありません。 ブラボーHideo!

今日は昨日よりは楽な一日でした。Chicagoへ2時間ほど車で移動して、サウンドチェックの前に自由な時間がありました。公演の前のサウンドチェックのとき、Music News NetworkのChristineがトリオのインタビューをしに突然現れました。(そのとき彼女は次の号の僕のインタビュー記事を見せてくれました)
公演の時、去年のSealのツァーで一緒だった、バックシンガーのPaul MabinとMike Harbeyがやってきました。彼らとはずいぶん長い間、同じバスの中で生活した仲間です。 彼らとはあまり話はできませんでした。公演はと言えば、凄いものでした! クラブは見たこともないほど興奮した聴衆でぎゅうぎゅう詰めでした! トリオの演奏する、Bohemian Rhapsodyに合わせて歌う聴衆のビデオクリップをこっそり撮りました。ワオ!
でも、僕にとって一番...髪の毛が逆立つような事件がその前にあったんです。 それは、トリオが僕のソロの演奏のために退場したときでした。 僕は、Waters of Edenの中からBelleという曲を演奏しようとしていました。この曲は、 兄のPeteとのデュエットの曲なんですが、彼は毎日演奏に来られない(!)ので、彼のパートだけのCDを作ったんです。僕の計画では、最初に僕が演奏を始めて、彼のパートになったら、CDのプレイボタンを押すんです。Milwaukeeでは、これはうまくいきましたが、ボタンの押し間違えをしないかどうか、結構気を使いました。(ステージの上で、スポットライトを当てられてあの小さなボタンを見つけるのは簡単なことじゃないんです。おまけにもともと明るいところでも老眼鏡がないと何も見えないんだから!)
とにかく、今夜は災難が起きました: 僕はうまく演奏を始めて、高い音へ演奏を進めたところで、ボタンを押しました...オフのボタンを!演奏を止めて、オンのボタンを探しても見つかりませんでした。仕方なくあきらめて、 聴衆に向かって、実際、こういう悪夢を見て、真夜中にうなされて目が覚める事あるんです、って説明しました。 いちばん畏れていたことが現実になるということで、たぶん僕にはいい薬にはなるにせよ、実にきまりの悪いものでした。 我らが信頼すべき売店係のStevenが懐中電灯を手に現れて、僕(ハイテクのマスター)がCDの電源を入れて曲の選択をするまで照らしていてくれて、漸く曲が再開しました!
とにもかくにも、パフォーマンスというのはこういったもので、ステージの上では観客にとっても我々にとっても驚くことがいっぱいです。
明日は、いや、もう数時間後にはDetroitに発ちます。向こうでは、そこの大きなラジオ局のMartin VanDykeにお昼にインタビューを受ける予定です。
この続きはまたすぐに書きます。


楽屋でのリハーサル光景:Paulがマジックインクでボトルネック奏法をやっているところ。



Day 3 / April 13 / Detroit

午前6時、シカゴを発ってデトロイトへ。(昨夜は午前2時にこのダイアリーを更新したんだよ、わかってますか!)Martin Bandykeショーに出演するため、まっすぐWDETラジオ局へ向かいました。ここはツァーで訪れるミュージシャンには人気の的で、僕たちも、例え6時起きで出発することだっていとわないほどここはいいところなんです。その理由は、Martinは自分の素質をよく分かっているし、演奏家の素質もうまく引き出して、とてもいい音で放送しれくれるからなんです。
Detroitにはいい友人がいるので、いつもここに来るのが楽しみです。Mark、Lee、それに、Barryがラジオ局までやってきてくれて、バンドに一日中つきあってくれました。 (Markは自分のエスプレッソマシンをクラブまで持ってきてくれました--誘惑に勝てません!)(Markと僕はエスプレッソメーカーについては長年の間課題を抱えてるんです。 彼は僕の奨めでマシンを買い(Saecoです)、僕は彼のアドバイスに従って、マシンをグレードアップしました(何台かのうちの一台を)。それに、どれかが壊れたとき(そう、壊れるんです)お互いにアドバイスを聞きたくて電話するんです。一度なんか、コーヒーフィルターのカゴが壊れたところを写したビデオまで作ったりもしました。
コーヒーといえば、Chicagoでは誰かが親切にもバンドにキャロットケーキを持ってきてくれんですが、(僕のベース本のレシピ通りに作ったんだって!)バンの中でごちそうになりました。
Detroitでのショーは、実際にはその郊外のFerndaleというところでやりました。 そこの会場はどうやら以前はポルノ劇場だったようです。もっとも今は...ほんのちょっと...改装されてるけど。楽屋ときたら、そう、ご想像通りでした!でも、最初のショーでは、とてもいいお客さんたちに暖かく迎えられました。僕たちは、"Dance of Maya"と初期のマハビシュヌの曲を演奏しました。それから、僕のCDとのソロ演奏はChicagoのときよりはうまくいきました(どうしたってあれより悪くはならないよ!)。 それから、アンコールのときに、プラグを外してステージから客席に出ていったときも、聴衆はみんなとても親切で暖かく、すごく静かにして下さいました。
ショーのあと、デトロイトの僕のファンとトリオは古き伝統にのっとって、ホテルの部屋でウォッカを味わいました!80年代には、MarkとLeeはよくクリムゾンが公演をやっている街にやってきて、Barryの手作りの海苔巻きをつまみに、いろんなスペシャルブランドのウォッカの飲み比べをやったものです。この小さなパーティは、長い間驚くほどしっかりと僕たちの習慣として根付いてきたものなんです。
写真が少ないんですが、スケジュールが立て込んでいてカメラのバッテリーを充電している時間がありません。今夜やるつもりです。

Home!


Day 4 / April 14 / Pittsburgh

ドライブはそんなに悪くはありませんでした。とはいうものの、Pittsburghに差し掛かったものの、僕らの採ったコースには6番出口が無いということを発見。ラッシュアワーの渋滞の中で、元来た道を延々と後戻りしたときには、ラッシュアワーにぶつかって、長々とUターンしなくちゃならなかったとき、思わず以前のBruford Levinツァーを思い出してしまいました。
プロモーターの人がホテルでエスプレッソをごちそうしてくれました!(彼は僕のこのダイアリーを読んでるにちがいない!)大学でのショーは最高でした。会場は少し小さいながら、円形の講堂で、すごく良い音響でした。 これまでのクラブよりずっとコンサートらしい感じでした。 夜遅くに食事に出ても、店が開いているところはほんのわずかでしたが、それでも僕たちは 地元のpiroges(訳注:魚のパイらしいです)を試してみるのは忘れません(あの下からポタポタ垂れていたのはバターだろうか?)

lecture Pittsburgh(大学)の楽屋で、トリオの面々にギター奏法のレクチャーをしてるところ。HideyoとPaulは集中力に欠ける。





Day 5 / April 15 / Baltimore

さてさて、バンでの移動もそろそろ相当の距離になってきました。 しかも、あらかじめ予想したよりも、いつも1時間は余計にかかっているような気がします。 Baltimoreへの道中では、僕はこのツァーが始まって以来1000マイルを越えたことになります。(他のメンバーは、Salt Lake Cityからツァーの始まったChicago までの移動を含めて2500マイルを越えています)
今日は会場までまっすぐ行かなくてはなりませんでした。ホテルに長居しすぎて、出るのが遅くなっちゃったんです。会場のOrion Studioはユニークなところでした: 本当に大きなスタジオで、その中に小さなステージがしつらえてあって、熱心なお客さんたちが大勢スタジオの中で、それぞれのお気に入りのミュージシャンのすぐ近くに陣取って聞いていたんです。僕たちも皆すごく演奏を楽しめた場所でした。
In the van バンの中での過ごし方




Day 6 / April 16 / Charlotte

今日の移動距離は最長(435マイル)でした。 南に下るにつれて気候は暖かくなってきます。今日の会場はDouble Doorというブルースクラブでした。 アコースティックギターのグループがブルースバーで演奏するっていうのはちょっとおかしい感じです。 騒がしいお客さんを静めるのはかなり大変で、特にアンプラグドのアンコールでは苦労しました。でも、 お客さんは概ね素晴らしく、僕たちははるばる演奏しにやってきたことを本当に楽しんで下さったようでした。




Day 7 / April 17 / Atlanta
アトランタへ向かう途中、朝食のために道路を降り、僕は妻のAndiに電話をかけました。 彼女はこのあたりに詳しいってことは知ってましたが、「賭けてもいいわ、あなたたち、今Waffle Houseにいるでしょ」図星でした。
WKLSラジオの出演時間にちょうど間に合う時間に町に着きました。 途中、ホテルに寄って、Variety Playhouseに入りました。ショーが始まる前に、この同じ場所で6月6日に僕のバンドでまた公演することに気がつきました。もうひとつの素晴らしいショー、CGTの前座を勤めたRichard Leo Jhonsonは、残念なことに今日でお別れです。彼にはまた5月に僕のショーの前座を勤めてもらう時に会うことになるでしょう。




Day 8 / April 18 / off, travel
早朝に、 "Good Morning Atlanta" ショーに出演しました。トリオの面々は、ギターを運んでいるときに有名なアナウンサーのEd McMahonと出くわして、彼は(多分冗談めかしてだと思うんだけど)Star Serachのオーディションに来たのかい?と尋ねたそうです!
テレビ出演の最後に、Waters of Edenの短いバージョンを演奏して、急いで荷をまとめてまた出発しました。 次の目的地はKansas のLawrenceで、かなりの距離があります。僕はこの旅で初めてバンから脱出して、飛行機で移動することにしました!
夕方、ホテルに着くとCrimsonでの相棒のPat Mastelottoから荷物が届いていて、新しいCDが入ってました。Patによってなされた新Crimsonの曲のファンタスティックなミックスでした。僕はこのCDが今後どういうことになるのかは聞いていないんですが、一般に発売されるといいと思います。僕は今、ホテルの部屋で座ってこれを書いていますが、R. Frippが僕のベースとドラムボックスをバックに朗読しているものを流しているんです。それからPatが暇つぶし用にパンフレットを一冊同封してくれてました。タイトルは「バイブル式脂肪燃焼ダイエット:聖書を使って30日で15パウンド痩せる法」!ふ〜ん、 こりゃあ、確かにバンでの移動よりは楽しそうだ!




Day 9 / April 19 / Lawrence, KS

遂に洗濯するチャンスがやってきた! ここ Kansas の Lawrence では、僕の服を乾かしている間に電話インタビュー(the Everett Washington Heraldのための) を "Suds 'n Duds" から受けてました。このロードが、全然みんなが考えているような魅力的なもんじゃないって分かりますよね!
天気がよくて、2,3時間そこらを見てまわっていました。Kansasの空はとても広いので最初はちょっと方角を見失うほどでした。 ショーの前に、遠くの方で雷の嵐が見えて、稲妻がまるで花火のようでとてもファンタスティックでした。僕たちみんなは見とれていて荷物を搬入するのが遅くなるほどでした。
お客さんたちはとても熱心で、いい公演になりました。ここまで来てよかった。




Day 10/ April 20 / Coloradoまで移動

バンで640マイル移動するっていうのは...どう言えばいいんだろう...。 Kansas はすごく広く...ものすごく広く...メチャクチャ広く..10時間後に Colorado に入ったら突然ロッキー山脈の中なんです!Breckenridge には遅い夕食にギリギリ間に合う時間に着いたんですが、レストランで隣のテーブルに座っていたのは 知り合いでした(Ute Lempurのアルバムの仕事をしたときのエンジニア、Steve Strassmanでした)本当に狭い世界だなぁ。




Day 11 / April 21 / Breckenridge, CO

Bill Janssen in the .... dressing room!ここではまた別の友人に会いましたが、それほど驚きはしませんでした。僕の地元での友人のギタリスト、Artie Traum で、彼はWaters of Edenの共同プロデューサーなんです。彼はちょうどギタークリニックツァーでこのあたりにいるって言ってましたから。 それでも、こんな小さな場所で知り合いに出会うなんて楽しいことですよね。 サックスプレイヤーの Bill Janssen がColoradoでの二つのショーに加わりました。 彼は以前にもCGTと組んで、何曲かライブCDでも参加してるんです。
ショーがあったクラブはやかましいバーがついてました。まるでビアホールみたいで、こういうクラシック音楽も演奏するアコースティックギターのバンドには不向きな場所でした。明日のboulder Theaterはきっともっと良いだろうと思います。






Day 12 / April 22 / Boulder, CO

今回のショーは、インターネットでライブ放送され、終了後はステージ上のバンドが質問にお答えするということをやりました。質問はインターネットで寄せられるんです。面白いですね。トリオのウェブマスターのJon Lybrookと、助っ人にKGNUラジオのスタッフもいて、この試みは驚くほどうまくいきました。仮想コンサートを見て下さった方、それから、夜遅くまで電話を繋いで質問を寄せて下さった方に感謝します。
Fielding questions from the web



Day 13 / April 23 / Park City, Utah

今回のツァーで二度目に船から飛び出し、バンから飛び出して、長いドライブを避けて次の町まで飛行機で文字通りひとっ飛びすることにしました。
ツァーとは、繰り返し示されるテーマを奏でるようなもののようです。今回のツァーでのテーマは、「僕の帽子はどこに行った」です。僕はこのツァーに、寒気ただようニューヨークから暖かい裏地のついたウールの帽子をかぶって出発しました。この帽子に関しては問題はありません。というのは、過ごしやすい気候になるやいなや(最初のギグの、Milwaukeeが終わってから)スーツケースにしまったからです。で、次はSeal ツァーで買った野球帽をかぶりました。これは最近の僕のお気に入りでした。一週間が過ぎて、これがどこかへ行きました。 仕方ないから別の帽子を買いました。これは、緑色した布製のつば広の帽子で、折りたたみもできて充分にあたたかいものでした。これが2.3日前に無くなりました。 肌寒い天候のColoradoにやってきたというのに。Breckenridgeでは僕の帽子を探しにバンドをひきずり回しました。これまたつば広の帽子を見つけて解決。 翌日Boulderへ移動中にこれがまた何と、無くなりました。 多分無くなった帽子全部、ツァーが終わってバンの中をさらえたら出てくると思います。 あるいは本当のところは、僕がずーーっとうっかりしててどこかに置き忘れてきたのかも。
とにかく、ここPark Cityに着いて、また帽子を買いに行きました。 何をさておき急いで(特別気に入るものを探さないってのがポイント!)たちどころにベースボールキャップを買っちゃいました。こいつはいつも頭にかぶってるか必ず僕のキャリーバッグに入れることにしよう!
明日演奏するクラブを見つけました。Harry O'sというところです。クラブの看板には僕たちのことは全く書いてありませんでした。実際、そこはすごくわかりにくい場所にありました!






Day 14 / April 24 / Park City, Utah

なんてショーだろう! どうやら僕たちのショーの前に、パーティーか何かがその「プライベートクラブ」であったらしく、たくさんの人達がそのまま残っていて、酒を飲んで大声でわめきながらfoosballをやっていました。ちゃんとした聴衆はアコースティックギターの音に集中しようとしていました。このとき、僕はステージを降りてfoosball(スペルはこうだったっけ?)をやっている人たちのところへ行き、大声で騒ぐのをやめてもらえないか頼んだのでした。このアプローチはあまりうまくいきませんでしたけど。
やがては飲み浮かれてた人たちも正気に戻ってきて、僕たちはだいなしだった曲をもう一回演奏しました。やっかいな状況に耐えた人間にはいい経験で終わりました。 一番面白かった点は:僕たちの編曲のMisere Louで踊っていたカップルがいたことでした。 マイクで話す機会があったとき、僕は彼らにトリオが弾くベートーベンの第九で踊ってみてもらえないかと言いました。きっと初めての試みになるだろうってね!

Marquee? Marquee?

相反する会場の伝説
















Day 15 / April 25 / Salt Lake City

今日は昨日とうって変わった会場でした。お昼にレコード屋さんでのイベントに出てから、今日のショーの会場:教会に着きました。ここならお客さんも静かだろう!
今日...いや、これまでのこのツァーで一番最高だったことは、教会の裏の駐車場でやったバーベキューでしょう。バーベキューシェフとしては最高の栄誉に輝く Patによるもので、彼はミュージシャンにご馳走するのが大好きなんだそうです。 彼の旅行用調理器具は僕たちの前に着いていました。彼は僕にサーモンを焼いてくれ、他の人たちにはスペアリブを焼き、バーベキュー競技の全てについて話してくれました。 すごく楽しかった。
ショーはうまくいきました。実際、昨夜のお客さんとは月とスッポンでした。 (多分、教会じゃぁビールを出さなかったからだろうな)
Marquee?






Day 16,17 / April 26,27 / Eugene, Oregon

ワオ、Eugeneについては書くことがいっぱい。まず最初に、 以前に25セントで動く"Magic Fingers" というのがついたベッドがあるモテルに泊まったのは、ず〜〜〜〜〜〜っと昔のことでした!ここの"Downtown Motel"というところには、それがあります。さぁ、予約するなら急いで! 僕はまたもや過酷なバンでの移動を避けて、Eugeneまで飛行機でやってきました。到着してから、 (そしてバイブレーター付きベッドを試してから) あたりを散歩してみました(このツァーでは珍しいことです)。 美味しいコーヒーを見つけ、会場の辺りを見てまわりました(会場は、WOW ホールといって、世界の木こりのために建てられたものだそうです!)
venue 近くのクラブの看板に、友人でWoodstockではご近所のJohn Hallの名前を見つけました。 ぼくたちと同じ晩にそこでやるそうです。なんという偶然。
ショーの日の朝、ひとりでローカルテレビ局に出演してから、トリオと一緒にラジオ出演しました。このKRVM局はハイスクールにあって、ここでは学生がラジオ放送を学んでいるんだそうです。ともかく、彼らは親切にもキャロットケーキをオーダーしてくれていました。 ケーキに書いてある言葉が恥ずかしかったので、急いで平らげちゃいました!(もちろん、トリオの助けも借りましたけど)
cake ショーは最高でした。会場や聴衆もさることながら、一人のフリーダンサーが僕たちの演奏に合わせて踊るというすばらしい見物があったんです。彼はこのWow ホールの主で、ここで行われるショー全てで踊っているんだそうです。僕たちにとっても楽しいものでした。






Day 18 / April 28 / Portland Oregon

僕がPortlandに来るといつも雨降りです。今日も例外ではありませんでした。 あんまりはげしいどしゃ降りなので、お気に入りの本屋のPowellsまで歩くのはやめました。
ショーの前に、Portland クラブの音響係と話をしました。僕たちがこれまで演奏してきたバーがついているようなクラブの客入れでは、通常ガンガンうるさい音楽をかけるのが普通ですが、僕たちのショーにはこれはそぐわないし、こういうショーにやってくるお客さんにとっても歓迎されないことです。 それで、今夜もバーがついているクラブのようだし、係の人に何か優しい音楽をかけてもらうよう要請しました。
開始30分前に着いてみると、P.A.を通して聞こえるバスドラムは、楽屋にいてすら悪夢でした。それで、Paul は係のところへ曲を変えてもらいに出て行きました。やがて音は静かになって、Paulが楽屋に帰ってきて、僕のBlue Nightsを渡してきたって言いました。"オー、ノー!" 僕は思わず叫んじゃった。 あのCDは...と言うか言わないかのうちに、Bill Brufordの5分間のドラムソロが会場を揺さぶり始めました!





Day 19 / April 29 / Seattle

今日は盛り沢山です。今日のショーはBootleg TVという新しい会社が、将来webでリリースするために撮影することになりました。サウンドチェックの後、僕たちは彼らのオフィスに行って、どんな活動をこれから続けていくのかという説明を受け、インターネットを通して聴衆にあらゆるツァーの様子を伝えていきたいんだということを聞きました。
cake ショーは最高でしたが、おまけにRobert Frippのお姉さんのPatriciaが売店を手伝ってくれて、彼女が発売に関っているという、近々発売になるRobert Frippの講演のテープを試験的に販売していました。





Day 20/ April 30 / San Francisco

面白い偶然:Seattle 空港で、バンド仲間のTray Gunnとばったりはちあわせしました。彼はCrimson ツァーに向けて出発するところでした!彼と同じ飛行機じゃなく、それぞれツァーを続けるために違った方向へ旅立つってのは妙な感じでした。 彼らはNashvillでの公演を皮切りに、ヨーロッパツァーを行うことになっています。僕は彼らの新しいCDをまだ聞いていませんが、ファン同様、僕もすごく期待しています。(そして、来年は彼らと一緒に演奏します!)
今日はオフで、友人とSan Franciscoの夕べを楽しく過ごしました。ところがホテルに戻ってみると、僕の部屋はホテルのディスコ近いところにあることがわかったんです。騒音がひどいとフロントに文句を言うと、ご予約の際にそのことは必ず申し上げているはずだと言うんです。きっと僕たちには言うのを忘れたんだろう!
cake






Day 21/ May 1/ San Francisco

the Great American Music Hallでのショーは大変なものでした。 トリオと僕にとってこのサイズのホールで演奏することは、サイズ的にも格的にも大出世なので、切符が売り切れになったのには一同大いに喜びました。6月の僕の公演でもこの会場でやれたらいいな、と思います。
しかしながら、宿舎はスターと同じってわけにはいきません。Beckのクルーはホテルの中へ移動し、(彼らの4台のバスは駐車場で僕らのちいさなバンを圧倒しています)あたりに騒音をまきちらかしてもお構い無しのようです。
new singer with the band?

カリフォルニアギタートリオとFrippが一緒に歌うなんて考えたこともないでしょう。カラー写真で撮れたからね!

backstage







Day 22/ May 2/ San Rafael

ツァーはとてもうまくいっています。実際、このツァーが終わりに近づいているのが寂しくてなりません。でも、一方ではJerry, Larry そして Jesse とWaters of Edenツァーに出るのがすごく楽しみです。 このツァーは、いい仲間と一緒なのが最高で、また、お客さんたちも、暖かく迎えてくれ、情熱的で、それにとても親切でした。

さて、ロードの実態はいかなるものか、写真でちょっとお見せすることにしましょう:まず最初に、これはCalifornia Guitar Trioのツァーであり、僕はゲストにすぎないのですが、この場所をはじめ、何ヶ所かでトリオの名前が看板に出ておらず、僕だけでした!さらに、僕らのショーのあとで続けて行われるのは(もっと有名な)Hardbodies- 女性泥んこレスリングショーなんです!
marquee posters
crowd at San Rafael

ツァーはとてもうまくいって、終わりに近づいているのが寂しくてなりません。でも、一方ではJerry, Larry そして Jesse とWaters of Edenツァーに出るのがすごく楽しみです。 このツァーは、いい仲間と一緒なのが最高で、また、お客さんたちも、暖かく迎えてくれ、情熱的で、それにとても親切でした
あと二回のショーのあと、僕たちはそれぞれの方向へ散っていくわけですが、僕たちがまたカルテットとして再会するのは、7月のQuebecフェスティバルになると思います。(11月の日本ツァーもやりたいと思ってます)
さらにもうひとつ:マハビシュヌの曲、Dance of the Maya の最後に最後の一音を合図に皆でジャンプするんです。ツァーの間じゅう、空中にいるトリオの写真を撮ろうとがんばっていたんですが、僕のデジタルカメラじゃシャッターのタイムラグがあっていつも失敗してました。でも最後の晩に、ついにL.A.のHardrock Cafeでビデオにおさめるのに成功しました。ご覧になりたい方はジャンプするトリオのクリップをどうぞ。 >

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