血塗れのクリスマス

A story from the book
Beyond the Bass Clef by Tony Levin.

クリスマスまであと一週間。ピーター・ガブリエルのツアーもロンドンのHammersmith Odeonでの2日間の公演を残すのみとなっていた。その初日の公演も順調に終わりに近づき、「On the Air」というアンコール曲の最後の部分で、僕は何かが頭にぶつかったのを感じた。

ところで、ヨーロッパでのツアーでは、たとえショウの最中にUFOが何機かステージに降りてきたって不思議ではない。というのは、コンサートに食べ物を持ち込む伝統というのがあるようで、もし持ってきたリンゴが熟しきっていなかったら、丁重にバンドに食らわせて進ぜよう、っていうのも当然のようだ。それから、客席の前列で、なにがあっても座らないって頑張ってる連中に対して、他の客席の不満が高まるっていうのもよく見かける。例えばフランスではどのコンサートでも、最初の数曲は「Asseyez vous!」(訳注:すわれ!の意)の叫び声で飲み込まれてしまう。そして前列に向かってビンが投げられたりするわけだが、これってステージに向かって投げる事と結局同じ事なんじゃないだろうか?

しかし今回はロンドンでの話だ。ここでは普段の話し声より2デシベル上の叫び声でも、とんでもないことだし、実際にステージに向かってミサイルを撃つなんて事は、例えば、約束より早く到着するのと同じぐらい卑怯な行為とされている。(唯一の例外はパンクのクラブだ。そこは予定より早く到着してもいいし、自分の持ち物を全部バンドに投げつけて、そのうえ唾まで吐きかけても許される。)
僕はその時丁度、ピーターや観客には背を向けて、ドラマーのジェリー・マロッタの前に立って彼とグルーブしていたが、突然、大きな岩のような物が僕の後頭部を直撃したように感じた。そして、その瞬間のジェリーの表情から何かとんでもない事が起きたのを悟った。直ぐに気分が悪くなって、僕のベースに血が流れ落ちるのを見て、ステージから降りた・・・どうせ曲も残り数小節だったから。怪我は、案外ひどくなかった。まともに殴られたように感じたけれど、どうやら擦ってだけだったようだ。バンドのメンバーがみんなステージを降り、心配して僕の回りに集まってきて、ようやく何が当たったのかが明らかにされた。

その時のツアーの半ばから、ピーターはアンコールの時になにか物をぶっつぶすことに熱中しだし、例えば身近にあるフット・ライトを踏みつぶしたりした。派手な効果があったけど、次の晩の公演までに修理をさせられる照明の係りの者には不評だった。それで、係りの連中はピーターのすぐ前に、偽物のライトを用意するようになったが、その目論見は甘かった。ピーターは今度は頭上のライトに目を付け、それを激しく揺すった後、マイクのスタンドで殴り掛かったのだった。照明係はぶつぶつ文句を言っていたけれど、観客には大受けだった。そして問題の晩も、彼がワイルドにマイクスタンドを掴み、ねじれた表情でそれを振り上げ、ピアノに向かって不気味に近づいていったとき、観客は大歓声を上げていた。問題はこのマイクスタンドがグースネックと呼ばれる、真ん中で自由に曲げられるタイプの物だったということだ。
その時僕は、嗚呼、こんなことには全く気付かず、後ろを向いてジェリーとの音楽的会話に没頭していた。しかし、マイクスタンドが振り下ろされ、その途端、真ん中で曲がってしまい、その重い根もとの部分が僕の頭を擦めたときにやっと気が付いた、というわけである。観客はピーターがわざとやったんだと思って、さらに歓声を張り上げた。すごい演出だ!全部何かのトリックで、実際には大丈夫なんだと観客は思ったんだろう、と信じることで、僕は自分を慰めている。もしあの声援が本気で僕を殺せ、という叫びだったらちょっとたまらないから。
ジェリーは当然、以上の全てを見ていた。あの時の彼の表情は、とても上手くは表現出来ないが、とにかく二度と見たくない形相をしていた。

あの時の傷はもう残っていない。でも僕のベース(昔からのFender Precisionベース)についた血痕は意地でも残して置くつもりだ。誰でもみんな、自分のベースに長年使い込んだ徴しを付けたいものなのだ。僕のにはそれがある。
ピーターはひどく申し訳なく思ったらしく、その後ステージでは一切物を壊さないようになった。
それでも僕は、未だに後ろは向かないようにしている。


To ROAD Diary 日本語版