TONY LEVIN'S Projekt Four Tour Diary(日本語版)
October 23 to November 2, 1998

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THE PROJEKT FOUR TOUR:

    23 Oct - Fox Theater, Boulder, CO
    24 Oct - Fox Theater, Boulder
    27 Oct - Richard's on Richard, Vancouver
    28 Oct - Fenix, Seattle
    29 Oct - Fenix, Seattle (tent.)
    30 Oct - Crystal Ballroom, Portland
    1 Nov. - 7th Note, San Francisco
    2 Nov. - 7th Note, San Francisco









P4 ツァー - 0日目 - コロラド州Boulder  Oct. 22
Oprylandホテルでのドタバタの尾を引きつつ到着、バンドについての最初の批評.

 今日、バンドの殆どのメンバー(Trey Gunn, Pat Mastelotto そして僕、それから音響担当のChris Murphy とRobert Frazza)が国のあちこちからDenverに集合して、Boulderまでヴァンを借りて移動しました(Robert Frippは先に着いてました)。 Robertと僕はひどい風邪をひいていますけど、グループは明日からの公演とツアーには楽天的でいます。
これまでに僕が受けたインタビューでの印象では、殆どのKing Crimsonのファンの人たちはこの3つめの(Project Threeがどこへいったか僕は知らない!)小さな試みである"Project Four"にはまぁまぁの関心はあるものの、むしろフルメンバーでのツアーを熱望しているように思えます。

 僕はレパートリーの練習でやや遅れをとっています。僕たちはNashvilleでのリハーサルで一番出来のよかったものをテープに落としてあったのですが、このテープに関してはOprylandの例のホテルから最後のジャブをくらってしまいました。
一週間前にあのホテルをチェックアウトする際に、僕に届られていたはずのテープをホテルは見つけられなかったんです(絶対届いてるのは分かってました・・・でもどうしようもできないじゃないですか!・・・だって、速達で届いているはずの僕の本の校正刷りも届かなくて、滞在中の6日間というもの毎日尋ねていたのに結局それも彼らは見つけることが出来なかったんだから!)
それから、 僕が発ってから一週間後に、ホテルは、「トニー様宛の荷物が着いてます」(本とテープですって、まったくっ!)とPat Mastelotto宛てに手紙を書いてきました。ホテルはPatが僕の連絡先を知っているだろうと考えたらしい。(最初のチェックインの時から僕は、僕の「存在」をホテルの連中に「納得させる」ことができなかったんです。チェックインの 際に、僕の予約が入ってなくて、予約ナンバーを持っていないかと尋ねられました。僕は書類を引っかき回して、ちゃんとそれを持っていたので彼らに示すと、彼らは「コンピューターで探してみたが僕の予約は見あたらないが、Pat Masterotto様にはお部屋を二つご予約頂いております」と言ったものです。(その時刻よりちょっと前に、彼らはPatに部屋の予約をいただいておりませんと言って他のホテルに彼を紹介したというのに)僕は彼らにPatは二つも部屋はいらないし、一つだけでいいんだと説得して、僕の部屋を要求したのでした。思えばこれが彼らの組織のもつ、大きな欠陥に巻き込まれていく始まりではあったわけです)
いずれにせよ、Patはその手紙を僕に回送してくれたので彼にFedExでテープを送ってもらうよう頼みました。5日経ちましたが、届いていません - 何故僕は驚かないんだろう! - それで、曲がどういうものだったか頭にたたき込むことなしに出発しなければなりませんでした。
ただ一つ確かなことは、ツアーが終わって家に帰ったらそのテープが届いているだろうってことだけ!

夕食のとき、Boulderでの公演前の批評が書いてあるのを皆で見つけました。
"Boulder Weekly"のライターは、彼がいつも音楽をかけながら仕事をしているのだけれど、唯一編集長が彼がかけている音楽を止めさせたのが…あなたの想像は当たり!King Crimsonだったそうです。
彼は言います。”これがどんなにとんでもない化け物サウンドだとしても、代わりにArlo Guthrieを聞かせて、なんてあんまりだ・・・こういう人々、僕の出版者もふくめて、 殆どの人間にはこの音は生々しい雑音にしか聞こえない。そしてそのことが、 僕が King Crimsonを好ましいと思える所以だ”と。何と面白いツァー最初のレビューでしょう。 公演が終わったあと、どんなことを書かれるか待ち遠しい!

P4 ツァー - 1日目 - コロラド州Boulder  Oct. 23
コーヒーを探す、サウンドチェック、そしてギグ.

まともなエスプレッソを探すことで一日が始まりました。でも、それは大して難しくなかったんです。
ホテルはショッピングセンターのようなものの中にあるのですが、その近くにあったTeaberry Coffeeというところがとても美味しいものを出してくれました。 ツァー最初のギグは、サウンドチェックも時間が掛かるし、問題だらけなのが普通です。
ホテルはダウンタウンにあるクラブへの行き方を間違えて教えてくれたらしく、僕らの目の前に広がったのはコロラドの大草原。それで、Boulderは正反対の方向だと分かりました!ヴァンでクラブまで走ること35分、Treyは歩いて行ったんですが20分で着いたそうです。
サウンドチェックは、なんだかガチャガチャしてて、興奮気味で、 僕には結局新しい曲の素材は何もはっきりとしないまま、とうとう本番のギグが、全曲通しのリハーサルを兼ねることになってしまいました。

公演そのものはとてもよかったです。
聴衆は素晴らしくて、最後まで熱 狂的でした。 - もっと聞き慣れた曲を聞きたいという気持ちが伝わってくるのは仕方ないとして、一応、僕たちの演奏が気に入ったように見えました。
P4 audience at Boulder いくつか面白い叫び声が聞こえてきた中に、「何か踊れる曲をやってよ」(冗談ならいいなと思う - 僕らのグループはまったくそんなものじゃないから)とか、「トニー、何かファンクフィンガーを使うようなのをやってよ」というのがありました。 僕はめったにやらないエレクトリックアップライトのソロ(弓を使って)に挑んでみたり、面白い”ゴムベース”をhoot用に持ってきたギルドのアシュボリーベースでやってみたりしました。
2セットやったんですが、最初のセットは面食らうくらい短かったんです - 少なくとも僕にとっては。アンコールは"Vrooom"をやったんですが、これまでクリムゾンのフルメンバー6人でやったのとは随分と違ったものになりました。明日のサウンドチェックで、Treyと僕はこれまでよくやっていた、ベースラインをユニゾンで弾いていたところにハーモニーを加えて練り上げる予定です。まぁ大体において、僕たちは自分たちのやってる音楽に満足で、このプロジェクトがどうなっていくのかっていうことにすごく興味を持っています。

P4 ツァー - 3,4日目 - コロラド州Boulder、カナダ・バンクーバー  Oct. 24,5
Boulderで二回目の公演日、カナダへの移動日.

Boulderでの二回目の公演が成功裏に終わって、僕たちにかかっていたプレッシャーはほとんどなくなりました(とはいえ、僕はもう何週間も前にRobert Frippが書き上げたとんでもなく早いフレーズを、ちゃんと練習しておくべきだったと後悔してますが) そして、二回目のサウンドチェックは大抵最初のよりも簡単に済みます(普通は新しい装置や借り物の装置があるものですから)。
僕はMusica Pro(メキシコの音楽誌)にいる友人たちと会って、BoulderのPearl通りにある店で昼食を食べました。ここはすごくよかった。もっと早く見つけていればよかった。
それから、画材屋に行かなくてはなりませんでした。僕は自由時間には憑かれたように何かの絵を描きまくっていて、身の回りにある紙の裏側には全部描いてしまったからなんです。新しい鉛筆も買いました。

二回目の公演は最初のとはいささか違ってました。案の定、僕たちは前 回うまくいったものを覚えてましたし、うまくいかなかったのは避けることができました(そして、うまくいかなかった新しいのも試しました!)僕は前回、Stickとアップライトばかりで、あまり出番の無かったベースをもっと弾いてみました。それに、小さなギルド・アシュボリーを引っぱり出して”ゴム・ベース”の音を出してました。
Treyは素晴らしいソロを弾いてましたし、Patは更に力強いドラムを叩いてました。RobertとTreyはすごく入り組んだラインを殆ど魔術のように競演していました。 (僕も、Robertが書いてくれたあのパート、真剣に覚えなくっちゃ!)
クリムゾンのフルメンバーでのツアーについて少しディスカッションしたのですが、 どうやら来年の10月あたりになりそうです - Bill Brufordがそれまで忙しそうなので。

日曜の移動日、僕たちはシアトルを経由してヴァンクーバーへ向かいました。
この長い話をかいつまんで話すと…飛行機は遅れるわ、接続はうまくいかないわ、入国審査の書類は用意されてないわで - 朝8時半に出発して、ぎりぎり夕食に間に合うような時間に到着したんです。日曜日よさらば!
とはいえ、ヴァンクーバーのダウンタウンにあるこのホテルは素敵です(去年僕がSealとのレコーディングのとき一ヶ月滞在したホテルの向かい側にあります)そしてオフの明日は皆に"Lush"という店を紹介しようと思っています。ここはこれまで見た中で最高の石鹸の店なんです(僕は特別石鹸に凝っているわけじゃないけど、そこのは本当にいいんです)。
それから、ここでは近所の美味しいカフェを探す無駄な努力をしなくて済みます。 去年の滞在でここには僕の口に合う店が無いのを知ってますから。でも、水曜日のシアトル(アメリカのコーヒータウン)への出発のカウントダウンはもう始まってます。"Espresso Vivace"のコーヒーはおそらくイタリアとフランス以外で飲めるベストだと思います(Espresso Vivaceが出している本の抜粋を"coffee page" に載せました。この店の壁には彼らが作った素晴らしいカップの写真が飾られています!)

僕の本の印刷はやや遅れぎみですが、来週には出来上がるだろうと思います(最初に思っていた10月1日というわけにはいきませんでしたが)

"Upper Extremities" のツァー日程は決まっていますが、まだ変更が予想されるのでここには書いていません。9日間しかなくて、東海岸からスタートしなくてはならないのですが、現時点でAnn ArborかChicagoまで行けたらいいなと思っています。決まったらまたここに書きますね。


P4 ツァー - 5,6日目 - ヴァンクーバー
休日のこと、 Dick's on Dick'sでの公演.

やっぱり休みの日が一番!(それも9時間の移動とかいうのが無い、本物の休日。)"Lush," に行って、石鹸を来年かそれ以降の分まで買いました。それに、ばかでかいワッフルみたいな底のブーツを買いました - ステージで見栄えがするだろうと思ったのと、去年ここで沢山見かけたんです。

公演日:インターネットカフェへ行ったら、既にそこにはうちのクリューが二人いました。僕のサイトをチェックして(僕のパワーブックからじゃ出来ないんです。ありがとね、AOL)こりゃあ、ちょっと整理したほうがいいか、って思ったんですが、ま、いっか!とにかく辛抱強いWebマイスターのDanにもっと写真を送りつけて、彼になんとかして45分以内にページに掲載してもらうことにしよう・・・。

Fripp and my boots

公演ではまた沢山の聴衆がきてくれました - でも、問題が一つ:例のブーツです。 なによりまず、これを履くとすごく背が高くなってしまって、サウンドチェックのときに普通の靴で合わせてあったアップライトが低くて、まるでチェロを弾いているみたいになりました!勿論僕は演奏を止めて高さを調整わけにもいかなくて、チェロを弾くようにして一曲演奏しなくてはなりませんでした。それから、エフェクタのペダルを踏むのにトラブルがおこりました。驚いたことに、ブーツは(まるであたかも心をもったかのように - 古い Robert Frippの言葉から引用。悲惨なステージの後で、彼は「ブーツが僕に嘘をついた」と言いました) 一度に3つのペダルは踏まなかったものの、オフロードタイヤみたいな靴底にはえらく隙間がいっぱいあって、たびたびボタンを踏み違えました。

チェックアウトに遅れそうなので、明日か今夜遅くにシアトルのEspresso Vivaceがどうだったかの特別レポートをお送りします!

P4 ツァー - 7日目 - シアトル  Oct. 28
シアトルまでドライブ、まず、コーヒー(!)、それからギグ.

ヴァンクーバーからのバンドの面々とのドライブは3時間があっという間に過ぎました - 僕は今いつでも(ギグの後や夜遅くまでも)スケッチをしていますので、ヴァンの中にいる魅力的な対象たちを描いて楽しんでいました。(ぼくはまだじっとしていない人を描くのはうまくないんです)ホテルにバッグを置いたら、最高に美味しい一杯のコーヒーの楽しみを求めて、真っ直ぐにEspresso VivaceのあるCapitol Hillまで歩いていきました。そして、そこはぼくをがっかりさせませんでした - 困難な決断をしなくてはならなかったのは、僕の好みはエスプレッソなんだけれど、あそこでは素晴らしいラッテがお勧めだということだったんです。僕は結局エスプレッソを選び、明日町を発つ前にラッテを頼もうと思いました。
Vivaceからの帰り道で、"Coffee Messiah(コーヒー救世 主)" というカフェを見かけました。大きなロゴが描いてある上にはイスの頭が乗っかっていて、彼の後光のところには"Seattle USA"と書いてあって、そしてその下には"カフェインは救いたもう"と書かれています。 僕は通り過ぎることはできませんでした…できるわけないでしょ! 店に入っていきました…壁一面にイエスの肖像画が飾られているのを見終わった頃、経営者が僕に鍵を手渡しながら「トイレを見てごらん」って言いました。おそるおそるその小さな部屋に入っていくと、ミラーボールやら何やらで、まるで小さなディスコのように飾られています。壁に"25セント"と書いた小さな箱があったのでお金を入れてみると、赤いライトが点滅してミラーボールが回り始め、スピーカーは"Disco Inferno"を喚き出しました。ワォ!なんちゅうカフェ(当然のように、彼らはWebサイトを持ってます。僕はまだ見ていないけど、アドレスはcoffeemessiah.comです)

公演はこれまで最高で、何もかもがピタっとはまってくれました。録音が(ADATで)うまくいっていれば、ライブアルバムを出す候補になるでしょう。でも、いい演奏をした晩に限って録音のトラブルがおきるように思えます。事実、エンジニアのJohn Sinksはドラムの音量がしばらく落ちたって言ってました…どれくらいの長さか見てみなくては。

B.L.U.E.の11月のツァーは日程がほぼ決定しました。11月2日がPhilly (TLA)、3日はNYC (Bottom Line)。暫定的にはBostonで二晩、Ann ArborとChicagoで一晩ずつ。Liquid Tensionのツァーは1月になりそう(なんと早くアルバムを仕上げなくてはならないでしょう!)。これは全部合衆国国内で、1月終わりのNAMMショーで最後になります

今日はPortlandへの旅、公演はありません。このツァーはあまりに簡単、公演がないんですもん!発つ前に多分ラッテを飲む時間をとれるでしょう…

P4 ツァー - 8日目 - シアトルからポートランドへ移動日  Oct. 29

一日は"Vivace" カフェにまた行って、名高いラッテを飲むことから始まりました。このところ怠けていた日記を書いていると、Pat (Mastelotto)が入ってきました。昨日彼にコーヒーの店のことを話してあったので、彼は朝早く起きて"Coffee Messiah" と "Espresso Vivace." に来たんだということでした。ここは素敵な場所で、僕たちはコーヒーを飲み終え、Green Cat Cafeのおいしいマフィンを食べに行き、それからFillipiの本とレコードの店に行きました。

一台のヴァンに7人で乗り込んで、ポートランドへのドライブ。本物のロック人生でした。でも遅れることなく着いて、ホテルは町の真ん中あったので、僕たちは子犬みたいに浮かれてました。 僕の好きなレストランのPazzoはケーキ・ベーカリー部門を造設してたのでPazzoの味を夕食時まで待つ必要がありませんでした。 昨夜はそこでの食事はやめて、めずらしくRobert (Fripp)も我々と一緒に2,3人でホテルの近くにあるギリシャ料理店に行きました。とても静かで素敵な店で、僕たちのバンドについてのディスカッションにはうってつけでした - 静か…少なくともギリシャ音楽のテープが大音量で流れ出し、キッチンからベリーダンサーが現れるまでは。 彼女は僕たちのテーブルに近づいてきて、指につける小さなシンバルを打ち鳴らし、 お尻とおなかの筋肉をうねらせながら僕をベリーダンスに誘いました。ベジタリアン向けのムサカ (訳注:ムサカはひき肉とナスを重ねてチーズソースをかけて焼いたギリシャ料理)とフェタチーズ(訳注:羊またはヤギの乳から作るギリシャの白いチーズ)とスパニコピタ(訳注:ギリシャのパン)がもう僕のベリー(お腹)に入ってパ・ドゥ・トロァ(訳注:バレエ用語、三人の舞踊)を踊ってましたので、丁重にお断りしてメンバーの他の誰かを代わりに勧めました。 まぁ当然のごとく誰も誘いに乗りませんでしたので、ベリーダンサーは寂しそうに他のテーブルに行っちゃいました。 その晩遅く、ホテルに帰ってからRobertがベリーダンスしたらどうなるかをスケッチしてみました!

P4 ツァー - 9日目 - ポートランド Oct. 30
本日は多くの進展あり

来週、Capitol RecordsからJohn Lennonの仕事のアンソロジーCDが4枚リリースされることになったと聞きました。タイトルは、Onceuponatimeといいます。そして、その中の一曲の、"I'm Losing You"のビデオを撮る計画が進行中なのだそうです。この曲はかつて、僕とRick Nelson、それにBun E. Carlosが参加しました。「寝耳に水」にも程があるんだけど、突然この件で電話があって、来週月曜にロサンゼルスでビデオ撮りだそうです。それで、朝サンフランシスコから飛行機で発って、ビデオを撮り、また飛行機で戻ってきて午後からサウンドチェックをやって、夜にはギグをやるということになるかもしれません!

Tour goes on...

もっとこんな乱心騒ぎじゃないお話をするなら、今日の午後僕は大きな書店のPowell'sに行き、それからポートランドの南東にある、Artichoke Musicという店をやっている友人を訪ねました。Artichoke Musicは素敵なレコード屋さんであるのに加えて、静かな演奏をやれるステージがあります。それに、いいカフェもあります(僕のエスプレッソは店番をしているベース奏者がいれてくれたんですけど、もちろん、素晴らしかった!) 彼らはヴァーチャルに訪れたい人のためにartichokemusic.com を用意しています。
僕たちは書店での本の売り方についてディスカッションをしました。何故出版社が僕の本のサイズを大きくするか、あるいは少なくとも背を高くしたがったのか(そうすれば展示する棚からタイトルが目立つようになります)。でも僕は販売上の理由から本のパッケージデザインを提示されることはすごく嫌なんです。かつて、CDがちょうど僕が書店で見た棚からはみ出た本のように、背の高い箱に入れられて売られていたのを思い出しました。あの箱は、単に既成の棚ではタイトルが目立つようにする目的だけに作られていました。
Peter GabrielとStingは、長い間大変な思いをして、自分のレコードの販売元に余計な段ボールを浪費しないでCDをリリースさせるよう闘ってきました。彼らは結局成功して、そればかりか、全部のCDのパッケージが再考されるようになって、店の棚のデザインまで作り替えられました!毎年何百万枚ものCD販売から倹約された紙の量を考えてみて下さい。まぁ、僕は自分の本が業界の再デザインまでひきおこすとは思いませんけど、とにかくサイズは6×9インチに決めたんだから、もう変更無し!

サウンドチェックで、僕宛に届いた新しいベースを見つけてびっくりしました。 Mark Warrが作って送ってくれたんだけど、何と弦が一本しかない!チューニングはLow-Bフラット。本当にいいベースで、Project 4 で弾いている曲に使えそうです(でも、Liquid Tension Experimentsの音数の多いパートには使おうとは思わない!)ともかく実戦で試してみることにして、公演の最初の曲で使ったら、とてもうまくいきました。

P4 Tour - 10日目 - サンフランシスコ, November 1
コンピューター メルトダウン

Fripp speaks to the audience

サンフランシスコの公演で、Frippが珍しく聴衆に話をしました。曰く「この中にはFrippにサインしてほしい物を持ってきた方がいらっしゃると思います。公演の後で、売店のSidがお好みのCDをお売りすることになっています。全部 Frippのサインが入ることになってますが、そのサインをするのは…私の姉です!」

なんてこった!僕のパワーブックは唯一残っていたポートがイカれてしまいました。ロードダイアリーを何日分も書いたんだけど、送れなくなってしまった。 (モニターエンジニアのChris Murphyが真夜中なのに彼のコンピューターを僕に使わせてくれました)でも、何枚か写真をアップロードしますね。水曜に家に戻ったらレターをアップします(月曜にロスアンゼルスでのJohn Lennonのビデオを録ってサンフランシスコの公演に戻るってことも書きます!)

P4 Tour - 11日目 - サンフランシスコ, November 2
レノンの録画

Paint to wall in John Lennon Video

コンピューターはまだ駄目ですので、また夜中にChrisの部屋で彼のを使ってます。 今日はロス・アンゼルスでJohn Lennonの"I'm Losing You"の録画をしました。 僕がスタジオに着いたとき、Rick Nielsen(これが彼の名前の正しい綴りです)とBun E. Carlosがいて、僕のWebサイトを見てました!僕たちは、前にこの曲をレコーディングした時…1980年の8月以来会ってなかったんです。驚いたことに、僕たちは18年経ってもこの曲の自分のパートを全員が覚えていました。 ビデオ撮影はとても楽しくて、またプロフェッショナルなものでした - 僕たち3人が演奏しているシーンの合間に(白いスクリーンにJohnのフィルムが写っていて、そこに僕たちが加わるんだ)自転車に乗ったり、大きな風船を持ったりするシーンを録りました...このテイクの合間に僕はRickのコンピューターで彼のサイトを見たりして遊んでました。彼の、Cheaptrick.comはホテルルームのようなインターフェースで、訪問者は鍵を貰って中に入っていくようになってるんです。一度見てごらん!

最後のショットは、(僕はサウンドチェックがあるのでサンフランシスコに飛行機で戻らなくてはならなかったんだ)緑色のペイントが入ったバケツを壁に投げつけるってものでした。その意味は分からないけど、ともかく飛行機に遅れないように急いで 結局間に合ったんですけど、飛行機の中で僕はズボンと靴に緑色の絵の具をつけたままでした!何て楽しいビデオの記念でしょ!

November 3,ニューヨーク P4 ツァーから帰って

失われたダイアリーと写真とを求めて、僕の傷ついたパワーブックの中をしつこく探し回っています。でもヴィデオ録画の時のデジタル写真はNielsen氏が送ってくれました。サンフランシスコでの最後の公演の時点で、P4はまさにパワー全開になりかけたところだった様な印象が僕にはあります。それまでの公演が良くなかった、っていうわけでもないけれど、曲が固まっていくのもゆっくりだったし、少なくとも2、3曲はフル編成クリムゾン向けの曲だっていうことは皆んな感じていたと思う。個人的にはあと何週間かは公演を続けたかったです。でも、春にはまたやるかもしれません。これ以外の覚え書きや写真も近いうちに載せますからね。

Bun E Carlos at video shooting  Rick Nielsen at video shooting

Funny big baloon which drawn John's face

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