ALL of Tony's diary in Japanese 2001 Part III
Sept 12, 2001 -- Dec. 14, 2001
大変重いページです。ロードには相当時間がかかることをご了承下さい。

Sept 12, Woodstock
ここニューヨーク周辺では悲しく、辛い時間が過ぎています。僕がNew York市内に滞在中かどうかを、はっきりと書いていなかったせいで、多くの方から安否を気遣うお便りを頂きました。ともかくそれにお応えしようと思い、この日記を更新しています。本当に幸運なことに、私の家族・友人達に被害はありませんでした。しかし、ここNew York周辺地区では、余りにも多くの人々が、マンハッタンの商業地区で働く家族や友人を持っていて、誰もが悲しみのあまり呆然としています。普通の生活を続けることは出来ない状態です。人々は、まるで部族社会に戻ったように、あちこちで集まって、この衝撃を分かち合い、この余りに不可解な出来事をなんとか理解しようと努力しあっています。そして、僕がそうであるように、愛する者を必死で抱きしめています。しかし以前のように安心して生きることはもう二度と無理かもしれません。

note:
去年の春に、Storieというイタリアの文芸雑誌に書かないかと誘われました。世界中にいる作家やアーティストたちに、ある春の日の午後の時間にそれぞれの人たちがいる場所についてのエッセイを書いてもらうというプロジェクトだったんです。その結果はウェブサイトに載り、ぼくも参加したんですが、説明はイタリア語でされているのに載せられた文章は英語でした。(僕のはアジアセクションにありました。というのも、そのとき僕はツァーで東京にいるときに書いたからなんです)

Sept. 17, New York
僕たちのアパートの近所に、同朋を救うために亡くなったNew Yorkの消防士たちを記念したモニュメントがひっそりと建っています。 いつもは風景の中の目立たない存在なんですが、今週はここが集会の場所になって、花をあしらった紐飾りや、ロウソク、写真とメモなどが、勇敢で思いやりにあふれた人たちのために捧げられています。昨夜、誰かがここに、Tod Rungrenの歌、"Just One Victory" の歌詞をこの場所に掲げてあるのを知りました。

今日、新しいアルバムのミキシングが始まりました。ほんの一週間か十日で終わるんですが、でも、アルバムのリリースは来年の2月まで待たなくてはなりません。できるならこの曲でツァーに出たいと考えているんですが。 アルバムのミキシングという作業は、プロデューサーによってそれぞれ全く異なったものになります。僕の場合は、本当に良いエンジニアを得て、横に座って、正しい音を彼が見つけだすまで彼の邪魔をしないようにしているというやりかた。 前のアルバムの時のプロデューサーはDavid Bottrillで、ミキシングが進んでいる間、僕は彼のハゲ頭にフォトショップで毛を生やしたりして楽しんでいました。 今回のアルバムはKevin Killenがミキシングをします(なつかしいことに、彼はかつてのPeter Gabrielの素晴らしいアルバムで何枚か仕事をしているんです)。まだ写真を撮ってないんですけど、彼の邪魔をしないように静かに座っていようと思っています。写真はきっとすぐに載せますからね。

僕が最近参加したアルバムを入れて、ディスコグラフィーのページを更新しました。 Steve AdelsonのStickのCD、"The Answer's Inside"、Kevin Maxの"Stereotype Be"、そして、Kerry Lauder Bandの"Twentyseven"です。(ディスコグラフィーの中の全部のタイトルから関連サイトへのリンクを張ろうと思っているんですが、それには随分時間がかかることでしょう!)


Kevin Parent Quebec Tour

Nov. 13 - Chicoutimi - Theatre du Saguenay
Nov. 14 - Rimouski - Centre Civique
Nov. 15 - Riviere-du-loup - Centre Culturel
Nov. 19 - Granby - Palace
Nov. 20 - Joliette - Salle Roland Brunelle
Nov. 21 - Laval - Salle Andre Mathieu
Nov. 27-28 - Sainte-Foy - Salle Albert-Rousseau
Nov. 29 - Drummondville - Centre Culturel
Dec. 10-11-12 - Montreal - Theatre Saint-Denis


October 2, Woodstock
恥ずかしいことに、しばらくウェブダイアリーの方はお留守になっていました。 ちょっと行き詰まった感じで…、これは他の沢山の人たちも最近はそうだと思うんですが。
ニューヨークでの、僕の新しいアルバムのミキシングはうまくいきました。 Kevin Killen がミキシングをしました(彼とはPeter Gabrielのアルバムで一緒に仕事をしていたころから本当に長く時間を共にしているんです)。 このセッションに参加しているミュージシャンが何人かやってきていました(とりわけ Larry Fast は彼の古いSynergyからの曲の再レコーディングのミックスを監督したがっていました)し、兄のPeteも来ていました。

古くからの友人の、Tom McFaul は、いつもジングル(訳注:ラジオの番組やなにかで、コーナーの始まりや区切りに流れる短いテーマ曲のようなものですね)を書いているんですが、詩の女神が彼を訪れて、その導きによってミサ曲全編を書いたんです(ラテン語で、コーラスとオーケストラのための!)。 先週、彼は僕にそのアップライトベースのパートを依頼してきました(でも、初見で弓を使うような曲をやっていたのはすごく古い話だったんで、僕を呼ぶのは多分、適当じゃないって思ったんですけど) こういう音楽に参加するのは、すごくスリルがあって、ラジオで今何が流行っているかなんてことにはまったくおかまいなしに演奏していました。自分のインスピレーションのみに従って演奏している人たちにはインスパイアされます。(幸運を祈るよTom!荘厳ミサ曲をもって大きなレーベルにアプローチした人物なんか知らないよ。絶対に、次のMariah Careyになれるとは思わないと想像できるよ!)(でも、マドンナのお好みかもしれないけど!(訳注:マドンナ=聖マリアというわけで、洒落になってるわけですね))

僕の次の仕事は、Catalina島へ行って、友人のArtie Traumとのデュエットをすることになっています(彼の新しいアルバムが丁度出たばかりで、僕のディスコグラフィーには明日追加するつもりです)

October 17, New York
音楽の話ではないんですが、先週、僕は両親が住んでいる、Cape Codに行ってきました。両親は、クランベリー畑の沼地のそばに住んでいるんですが、僕が行ったとき、幸運にもちょうど一年の収穫の時期だったんです。 沼地は、一年を通して美しく、変化に富み、クランベリーの収穫は驚くほど色鮮やかです。 まず最初に沼地は水で満たされ、まるで湖のように見えます。それから機械が入っていって、やさしく作地をかきまわします。すると、クランベリーが表面に浮かんでくるんです。次に、男たち(腰までの防水ズボンを履いています)がクランベリーを囲い込んでそれを沼地にさし渡したコンベアーベルトの上に引き上げるんです。クランベリーが積み込まれていくトラックの色彩豊かな眺めときたら、もう写真家の夢の光景なんです!

今日、僕はGoverment Muleと明日のNew York州、Roselandで開かれるショーのリハーサルをやりました。僕はほんの3曲のためにちょっと一緒にいるだけで、ショーを通して他のベーシストも演奏することになっています。(Oteil Burbridgeがツァーでベースを弾いていて、Jack CasadyとMike Gordonもベースを演奏します)Chuck LeavellとBob Baraccoがゲストキーボーディストで、バンドメンバーのWarren HaynesとMatt Abtsと演奏することになっています。まったくこのショーは見物になりそうです。明日、僕はこれについてはリポートしますね(勿論写真もね)

October 18, New York
イェイ、何て素敵なショー。 今夜、Roselandで、Goverment Muleが満員御礼の中、数曲交替でベース奏者が参加しての演奏をやりました。出番を待つ楽屋の中は、僕たちベースプレイヤーにとってすごく面白いものでした。今夜は、ちょっと写真を載せたページを作るにはもう遅いんですが、すぐまた掲載しますからね。Oteil Burbridge、Jack Casady、Stefan Lessard、そして、Mike Gordonたちが写ってます。 ぼくにとってとても楽しかったことは、話をしたり、JackがデザインしたGibsonのベースを試してみたり、Stefanから彼のDave Mathewsバンドでの体験を聞いたり、それに、Oteilが、最初にフレットレスベースに興味を抱いたきっかけというのが、僕がPeter Gabrielとの演奏でSteinbergerのフレットレスを演奏しているのを見たときだった(彼はまだ子供でした!!)ということでした。
沢山のベーシストが入れ替わり立ち替わり演奏する中、中心になっているバンド(Warren Haynes、 Matt Abst、そして、Chuck Leavell)が聴衆に素晴らしくロックしている演奏を聴かせてくれて、僕たち全員にとって、特別な夜になったことに、すごく印象を強くしました。

October 21, Catalina
週末のArtie Traumのショーに出演するため、ここに来ています。 ホテルにはインターネットに繋がる端子がない(ヘィ、部屋に電話すらないんだよ!)画像を送ることができるインターネットカフェをしばらく探さなくてはなりませんでした。 さておき、ようやくGoverment Muleのショーについての詳しいことや写真を載せた新しいページを作りました。(なんていうベーシストの群!)



 

Gomt Muleオンステージ


Mules勢揃い


October 26, Woodstock
二つばかり興味を引きそうな話題があります。 ロサンゼルスへのフライトは、往きも帰りも驚くほど普通通りに思えました。ただ、二つだけ違いがありました;JFK空港はいつもよりずっと空いていました。チェックインはこれまで通りですが、誰もチケットカウンターに並んでいる様子がありませんし、ゲートへ歩いている間、とても静かでした。
二つ目の違いは、機内食での食器です。これは勿論プラスチック製ですが、厚みはこれまでの半分ほどでした。トマトに突き刺そうとしたらフォークが曲がってしまいました。"フォーク"は、まるでセロテープみたいに薄くて、トマトすら切れそうにありません。 ええ、でも文句はありませんとも。
今、家にいて、夜遅くに同時に二つのことをしようとしています。 今日僕は、今度出るCalifornia Guitar TrioとPat Mastelotto、それに僕をフィーチャーしたCDの新しいミックスを受け取りました。PatとエンジニアのBill Munyon (BPM&M)がAustinでミックスしたものです。それで、今夜は僕の素晴らしい性能のLINNのオーディオシステムで、このミックスの細かなところまで落ち着いて聞こうと思っていました。ところが、今夜届いた郵便に、500枚のチラシが入っていたんです。これは、Sid Smithのクリムゾンに関する新しい本(英国で出版されることになっています)のためのもので、過去から現在に至る、クリムゾンのメンバーがサインすることになっているんです。 それで、聞きながらサインすることにしました。そのうち、面白いことに気がつきました: 曲がスムーズに頭に入ってきたり、よく知っているベースパートの音がいい時は、サインはすごく良く進むんです。事実、"T"と"L"の文字に、唐草風の装飾までつけたりしてるくらいです。ところが、ベースパートに間違いが聞こえたりしてピリピリしてるとき(例えば、Heart of the Sunriseには沢山あります!)、サインは汚らしくなって、時には読めないくらいです。この現象では面白いエッセイが書けるかもしれません。 1995年に、クリムゾンが何千ものCDのライナーにサインしたときを思い出させてくれました。この時のシルバーのマーキングペンは、気を付けないとあたり中を汚してしまうんです。サインを続けるうちにだんだんすごく嫌になってきて、その時の気持ちをエッセイのようなものにして書いて、出来上がったライナーと一緒に次のバンドメンバーに送ったんです。最後には、ほとんどのバンドメンバーがそれぞれのエッセイを書き加えていました。今、そのうわごと集は僕の手許にあって、今書き上げつつあるクリムゾンの本に、素晴らしい日々の一場面として加えようと思っているところなんです!
そう、ところで、このミックスの音はとてもとてもクールです!リリースされる日が待ち遠しくてなりません。

November 15, Rimouski, Quebec
Kevin ParentのQuebecツアーが進行中です。このツアーで僕は、Quebec州の相当北の方まで回っていて、長年ツアーを続けてきた僕でもまだ来たことの無かった町を訪問しています。(僕の家にある地図なんか、どれもMontrealの北、Quebec市のところまでしかなくて、今週僕らがツアーするChicoutimiやRimouski、Riviere-du-Loupといった町は完全に無視でした。)(訳注:これらの町はカナダ東部、セントローレンス川周辺の北緯48〜49度ぐらいの位置にあります。日本近辺でいうと千島やハバロフスクあたりの緯度ですね!)素晴らしいバンドで、まだ作品に完全に馴染んではいませんが、毎晩すごくエキサイティングな演奏を繰り広げています。先週いっぱいはMontrealでリハーサルだったのですが、アメリカよりは寒いのに、雪は降ってませんでした。(ツアーが始まって北へ移動したとたん降り始めました が!) バンドでツアーするときはいつでもそうですが、自分たちが演奏する町周辺をゆっくり見て回る時間は全くありません。車でまっすぐ会場まで行って(今回は中規模の劇場を回っています)サウンドチェックを行い、ショーの後はバンに乗り込んですぐさま次の町へ移動するか、その近くのホテルへ行くという具合で、せいぜい途中のハイウェイで「ヘラジカは居ないか?」と目を凝らすのが唯一の観光です!(でもまだ一頭も見てません。)いつの日か、休暇を 取ってQuebecのこの辺りをじっくりと見てみたいものです。

ツアーの準備以外の時間は、僕の今度のソロCDの仕上げを進めてきました。たとえばジャケットのデザインを選んだり、発売日を決めたり(2002年の2月です)、新曲を披露するためのツアーを組み始めたりです。あと2、3週間ほどしてこれらが全部片づいたら、この作品についての特集ページを作るつもりです。そしてツアーが始まったら(去年と同様、Larry Fast、Jesse Gress、Jerry Marottaという顔ぶれです)Tony Levin Bandのページを作って、訪問者がインターアクティブに楽しめる部分や僕以外のメンバーそれぞれのセクションなんかも盛り込めればいいな、と思っています。

ツァーの写真とダイアリーを別の特集ページにまとめました。ご覧下さい。 November 26, Montreal
Quebecのツァーは続いています。ぼくたちはこれまでChicoutimi、 Rimouski、 Rivier du Loup、 Granby、 Joliette そして、 Lavalで演奏してきました。 それに、Montrealでテレビ番組にも二つ出演しました。"Grand Blond"という番組ではKevinがインタビューを受けてる間、彼に野球のボールを投げつづけていました! それから、新しいKevinのツァーの写真ページを作りました。

ちょっと一部で混乱があるようなので、お知らせを:僕のバンドで南米をツアーする予定はありません。(実際、とんでもなく北にいるんですから!でも、その全く未計画なツアーについて、どこかで記事を見たという人たちから何度もメールを受け取っているんです) それから、今僕はQuebecにいるからと言って、ここに12月6日までは居ませんので、MontrealでのKing Crimsonというバンドがその日に行う公演に飛び入り出演することもありません。(その日ちょうど町にいれればよかったのに。ぜひ彼らを見てみたいですからね。John Paul JonesとStickのNick Beggsもロックしてますよ!)



November 28, Quebec City
ツァーに出るときに、日程表の中にその名前を見つけたら、そこがきっとそのツァーでは最高の場所になることうけあい、という都市があるものです。Quebec Cityもそんな都市の一つなんです。 この街の古い部分は、要塞のような作りでそびえ立っていて、そこへ登る曲がりくねった古めかしい通りがあります。町の人たちはとてもフレンドリーで、それに、プログレッシブロックを長く愛してくれているんです。
ここは、もちろん雪が多いところです。なんたって、毎年冬には氷でホテルを建てちゃうくらいなんですから。僕が滞在してるのは氷のホテルじゃありません、と言えてシアワセ。
一週間前、地元の新聞社の短いインタビューを受けたんですが、その時は昨日出た新聞の記事の大きさについては予想もしてませんでした。エンターテインメントのコーナーにばかでかい写真が載ったばかりか、何と、一面にまで載ってるんです。(きまりが悪い気もするんだけど、ママに見せるのに一部貰っていくことになるでしょう。きっと喜ぶだろうから!)
昨夜のコンサートは、Sainte - Foyで行われました。ここはQuebec Cityの、ほんとに田舎の方にあるんです。同じ会場で二日続けて公演があるので、この素晴らしく美しい街で、めったに無い朝のオフの時間を楽しもうと思っています。


Dec 2, Woodstock
Kevin Parentのツァーは中休みで、家に帰ってきています。新しくこのツァーの写真のページも追加しました。ツァーの日程はあと、12月11日のMontrealでのショーを残すだけになりました。

Dec. 9, Woodstock
ツァーがお休みの間に、家の引っ越しをしています。 ほんの少し離れたところへ引っ越しするだけなんですが、長年Woodstockに住んできて、屋根裏部屋を初めて掘り返すことになりました。それで、面白いものを見つけました:
 Peter Gabrielのファースト・ソロアルバムの"Excuse Me" で僕が吹いたチューバ。  1994年のウッドストックフェスティバルに行ったとき履いていた泥まみれのブーツ(そのとき、ハーレーで出かけたんですが、愚かにもブーツにフェスティバルの泥がついたまましばらく放ってあったんです。ガレージにずっとしまい込まれたまま、7年経ったあとも、かわいそうに磨いてもらえず朽ちてしまったというわけ!)
 キング・クリムゾンのtoque(訳注:テューク=つばなしの小型の婦人用帽子)(tukeと発音します─これ、僕がカナダでツァーをやっていたとき、皆ウールの帽子のことをテュークと呼んでたんですよ)この帽子がいつのクリムゾンのツァーのときの商品かは忘れたんですが、この冬にはぴったりの代物にはなりそう。
 World Diaryの"チラシ" ─ LPサイズでアルバムからのアートワークが刷ってある厚紙でできたものなんですが、どうやらサインするために置いてあったもので、いつから置いてあったものやら見当もつかないんですけど、机の下でホコリだらけになってました!
 僕の最初のコンピューター、Radio Shack TRS80 model 100。電源部も見つけました。 中にはデータは残ってないでしょうが、フルで29,000バイトしかないんじゃねぇ!
新しい場所へ引っ越すにあたって:もちろん、新しいお隣さんとの出会いがあるでしょうし、暮らしに共通したところがあるかどうかは分かりません。今朝、(新しい家から)通りをほんの数軒降りたところでとても変な光景を見てしまいました。ある家の前には一面に雪が積もってたんです。しかも、その家の前の通路にはまるで道路の除雪で雪が積み重なったようになってたんです。でも、このあたりにはまだ雪は降ってないんですよ!! 僕は確かめたんですが、本当に雪でした。どこかから夜通しかけて雪を運んできたに違いありません。何故そんなことをしてあるのかは分からないんですが、でも...すごくクールだとは思います。

December 14, Milwaukee
今僕は、ここMilwaukeeにいて、今度出る新しいCDのマスタリングに立ち会っています。 前からマスタリングって何をするのか不思議に思ってるんです。レコードは、録音したらミックスします。それからマスター作業をすることになります。僕の最初のレコードの時、ミックスの後、更にマスター作業にお金がかかると言われましたが、僕には理由が理解できませんでした。
でもしなくちゃならないんです。僕もそれは分かってます。
僕にとってこの作業は長い間側に座っていて、エキスパートのエンジニアがイコライザーやらコンプレッションのつまみをあれやこれやといじくり回して、僕のレコードの音が良くなるようにしているのを見ているということです。その過程の中で、僕がやることといったら、ほんのタマに"そうね、すごい、いい音になったよ"って話すくらい。殆どの時間は読書に費やしてるんです!
この写真はスタジオでの僕の様子で、エンジニアのTrevor Sadler (彼もハゲ)(おまけにメガネ)が電話を受けてる間、ニュースを読んでるところです。ご覧になってお分かりのように、すごく重要なプロジェクトだという部屋の中の興奮が伝わってくるでしょう。
良いニュースは、このCDの音楽がすごくいい音になっているということです。これが終わる頃には、マスタリングというものがどういうものか本当に理解できるようになるんじゃないかな!
(追記:屋根裏部屋で見つけたものの写真のページにリンクを張りました。)


アーカイブトップページへ戻る


All rights reserved by Tony Levin and Tony Levin Club of Japan.(C)1996-2002.