ツァーダイアリー

TLB ヨーロッパツァー '05年10月
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十四日目: Oct. 19 - モスクワへの旅行

     すでにもう盛り上がっているツァーですが、これからの日程は僕たちにとって大きな意味があるものです。 僕たちは皆世界中を旅行してきていますが、バンドの誰もロシアには行ったことがないのです。
ブダペスト空港への道のりは楽でしたが、夜遅くまで起きていて朝早い出発だというので、すごく眠かったんです。 空港で何本かUnicumを買いました…きっと旅行の友になります!(これはハンガリーのリキュールで、僕の好きなFernet Brancaにすごく似ているんです)

モスクワでの入国と通関手続きは、驚くほど簡単でした。すごい離れ業で機材と僕たち全員が一台のヴァンに詰め込まれ、でもきちんとした扱いで、すぐにこの巨大な都市の中を通っていきました。ぽかんと光景を見ながら。 第一印象は(そしてそれは最後まで)なんて全てが大きいんだろうということでした…モスクワのまぶしく輝く地区(たとえばまるでタイムズ・スクエアやサンセット・ブールバードやラスベガスを一緒に集めたみたいな)は何マイルも続き、実際限りなく続いているように見えました。それから僕たちが泊まるホテルでは、いかに僕たちが旅馴れているとしても(実際そうだと思う)、巨大なホテルを立ち止まってまじまじと見上げて、写真に撮る気になるくらいで…一体何室あるのか分からないくらいです。 でも僕たちはすぐに悟りました(それも正確に)つまりこれは部屋まで相当歩かなくてはならないんだと。 そして案の定、ものすごく恐れていた"鍵が開かない"トラブルで、別のキーを貰いにロビーまで戻らなくてはなりませんでした。

招聘元が素晴らしいウクライナ風ディナーに連れて行ってくれてPeteと僕は祖母が作ってくれたのを覚えていた料理を頼んでみました)それから夜遅くなったんですが、 それでも行ってみる価値があるので、赤の広場まで行き、この驚くべき場所を見て歩きました。

                                 

                         

                

この夜はまだ終わりませんでした。プロモーターのSashaが何人かの友人のアパートに連れて行ってくれて、アイディアを共にし、飲み、芸術的なビジョンについて語り、夜遅くまで過ごしました。沢山のことを学び、素晴らしい時間を過ごしました。 ロシアのインテリゲンチャが毎晩やっているんだろうと想像していましたが、まさか自分の想像の中の世界の一部に自分がなれただなんて…なんという一日!


十五日目: Oct. 20 - モスクワ公演

     B2という名前のクラブは、街のど真ん中にありました。モスクワのメインストリートに僕のバンドの名前と写真がかかっているだなんて、喝采をあげたいくらい。 (僕を初心者と呼んでもいいよ…この写真を撮りたくて、駆け出したくらいでした!)

ヴァンの中で、Jesseが先導して全員でJam Back at the Houseを通しで練習しました。もしアンコールが続いたときに備えて(この曲はもう何年も演奏していません)ですが、たぶんモスクワのお客さんたちは僕たちがこれまでやってきた90分の演奏時間では全然満足しないだろうと思いました。

サウンドチェックでは電圧の問題があるだろうと予想していて、実際ありました(Larryの機材が煙を上げたときは、瞬間全員が凍りつきました) それでもすべてが直り、クラブはたちどころに一杯になりました(スタートの時間は遅れて、結局午後11時に始まりました)

Nikitaが全部を通して手伝ってくれました

それにしても彼は"大きかった"、彼は積み込みをやってくれました!

                         

                                          

                         



        



                         

この夜は、これまで演奏してきた全ての夜、公演の中でも特別な夜でした…観客の皆さんの情熱、バンドにとって新しい体験の、ロシアのお客さんたちに演奏すること。でも、彼らは僕たちの音楽を本当によく知っていて、僕にとって新しい体験として、看板に大きく掲げられたの名前…もうほとんど胸が一杯ですが、ただひとつ言えることは、僕たちはまた戻ってきて演奏したいということです!!

  

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